東京地方裁判所 平成9年(ワ)16468号 判決 1999年4月28日
原告
ネットワークアソシエイツ株式会社
右代表者代表取締役
狩野昌央
右訴訟代理人弁護士
森本哲也
右訴訟復代理人弁護士
安田佳子
被告
トレンドマイクロ株式会社
右代表者代表取締役
チャン ミンジャン
右訴訟代理人弁護士
岡邦俊
同
小林克典
同
小畑明彦
同
近藤夏
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
1 被告は、別紙第一目録記載の各標章を、電子計算機のプログラムの設計、作成又は保守及び電子計算機用のプログラムを記憶させた磁気ディスクその他の記憶装置の製造又は販売に使用してはならない。
2 被告は、別紙第一目録記載の各標章を、電子計算機用のプログラムを記憶させた磁気ディスクその他の記憶装置に付し、又は右標章を付した電子計算機用プログラムを記憶させた磁気ディスクその他の記憶装置を販売し、若しくは販売のために展示してはならない。
二 予備的請求
被告は、別紙第一目録記載の各標章を付した電子計算機用のプログラムを記憶させた磁気ディスクその他の記憶装置、その包装、広告及び説明書類に左記の表示を付せ。
記
「ウイルスバスター」はネットワークアソシエイツ株式会社の登録商標(役務)です。
第二 当事者の主張
(主位的請求について)
一 請求原因
1 原告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」といい、その指定役務を「本件指定役務」という。)を有する。
登録番号 第三一三七六五二号
出願日 平成四年九月三〇日
登録日 平成八年三月二九日
商品及び役務の区分 第四二類
指定役務 電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守
登録商標 別紙第二目録記載のとおり
2 被告は、別紙第一目録記載1ないし8の標章(以下「被告標章1」などという。また、同目録記載の各標章を「被告標章」と総称する。)を、被告が設計又は作成したコンピュータウイルス対策用ソフトウェアを記憶させた被告製造に係るフロッピーディスク又はCD―ROM(以下、コンピュータウイルス対策用ソフトウェアを記憶させたフロッピーディスク又はCD―ROMを「ウイルス対策用ディスク」という。)に付し、ウイルス対策用ディスク及びその包装に被告標章を付したものを販売し又は販売のために展示し、ウイルス対策用ディスクに関する広告、価格表、取引書類又は説明書類に被告標章を付したものを展示し又は頒布している。
3 被告標章1は本件商標と全く同一であり、被告標章2ないし6及び8は、その要部が本件商標と同一であるから本件商標と類似する。また、被告標章7は本件商標を単に欧文字化しただけであって、本件商標と観念及び称呼が同一であるから本件商標と類似する。
4(一) ウイルス対策用ディスクの販売の本質は、コンピュータウイルス対策用ソフトウェアの設計・作成又は保守という役務の提供そのものであり、コンピュータウイルス対策用ソフトウェアの設計・作成又は保守は本件指定役務に含まれるから、前記2の被告の行為は、本件指定役務の提供に当たり役務の提供を受ける者の利用に供する物に商標を付したものを用いて役務を提供する行為(商標法二条三項四号)に当たる。
(二) ウイルス対策用ディスクは、本件指定役務に類似する商品であるから、前記2の被告の行為は、本件指定役務に類似する商品について、右3のとおり本件商標と同一又は類似する被告標章を使用する行為(商標法三七条七号)に当たる。
5 よって、原告は被告に対し、主位的に本件商標権に基づき、電子計算機のプログラムの設計、作成又は保守等についての被告標章の使用の差止め(請求第一項1)及び電子計算機用のプログラムを記憶させた磁気ディスク等についての被告標章の使用の差止め(請求第一項2)を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2のうち、被告が、被告標章をウイルス対策用ディスクに付し、ウイルス対策用ディスク及びその包装に被告標章を付したものを販売し又は販売のために展示し、ウイルス対策用ディスクに関する広告、価格表、取引書類又は説明書類に被告標章を付したものを展示し又は頒布していることは認め、その余は否認する。
3 請求原因3及び4は争う。
三 抗弁
1 先使用権(商標法三二条一項)
(一) 商標法三二条一項の先使用権が認められるための周知性は同法四条一項一〇号に定める周知性よりも低い程度のもので足りる。しかるところ、被告は、平成三年四月から、別紙第三目録記載の標章を、不正競争の目的でなく、自己の商品であるウイルス対策用ディスクのパッケージ等に付して需要者に販売するなどして使用し、その結果、原告の本件商標の出願時である平成四年九月三〇日には、別紙第三目録記載の標章は、被告の業務に係る商品を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるようになった。
(二) 被告は、継続してウイルス対策用ディスクに別紙第三目録記載の標章と同一又は実質的に同一の標章を使用し、現在使用している被告標章も別紙第三目録記載の標章と同一又は実質的に同一の標章であるから、被告は、商標法三二条一項に基づきウイルス対策用ディスクについて被告標章を使用する権利を有する。
2 継続的使用権(商標法の一部を改正する法律(平成三年法律第六五条)附則三条一項)
被告は、平成四年一〇月一日より前から、国内において、不正競争の目的でなく、本件指定役務について、本件商標又はこれに類似する商標である被告標章の使用をしていた者であり、かつ継続してその役務について被告標章の使用をする者であるから、現に被告標章の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内において、その役務について被告標章を使用する権利を有する。
3 権利の濫用
以下の事情を総合すると、原告の被告に対する本件商標権の行使は権利の濫用であり、許されない。
(一) 原告の親会社の米マカフィー社は、被告が平成三年四月から「ウイルスバスター」標章を使用してウイルス対策用ディスクを販売していることを知りうる立場にあった。
(二) 原告は、平成八年三月二九日、本件商標の登録を受けたが、その後現在に至るまで本件指定役務について本件商標を使用していない。
(三) 被告標章は、本件商標の登録出願時において、商標法三二条の周知性の程度を超え、同法四条一項一〇号の周知性の程度まで、取引者・需要者の間で広く認識されるに至っていた。したがって、本件商標は、被告標章という周知商標(同法四条一項一〇号)が存在するにもかかわらず、誤って登録されたことになり、登録無効原因を有する(同法四六条一項一号)。
このような登録無効原因を有する商標権については、権利行使が認められないと解すべきである。
(四) 被告標章は、現時点においては、全国のウイルス対策用ソフトウェアの取引者・需要者の間で被告のみを指し示す表示として著名となっている。
4 商標権の効力の及ばない使用(商標法二六条三号)
被告標章は、電子計算機用プログラムを記憶させたディスク等の商品の品質、用途を普通に用いられる方法で表示する、特別顕著性のない商標であるから、本件商標権の効力は、ウイルス対策用ディスクについて被告標章を使用する行為には及ばない。
四 抗弁に対する認否
抗弁1ないし4の各事実は否認し、各主張は争う。
(予備的請求について)
一 請求原因
1 原告は、本件商標権を有する。
2 仮に、抗弁1が認められ、被告がウイルス対策用ディスクについて被告標章を使用する権利を有するとすれば、原告の業務に係る役務との混同を防止する適当な表示として、被告標章を付したウイルス対策用ディスク、その包装、広告及び説明書類に左記の表示を付する必要がある。
記
「ウイルスバスター」はネットワークアソシエイツ株式会社の登録商標(役務)です。
3 よって、原告は被告に対し、予備的に商標法三二条二項に基づき、請求第二項記載の混同防止表示を付することを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2は争う。
取引者・需要者が原告の業務に係る役務の出所と被告の販売するウイルス対策用ディスクの出所を混同するおそれはないから、本件商標と被告標章との混同を防止する必要性はない。
第三 当裁判所の判断
一 主位的請求について判断する。
1(一) 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
(二)(1) 請求原因2のうち、被告が、被告標章を、コンピュータウイルス対策用ソフトウェアを記憶させたフロッピーディスク又はCD―ROM(ウイルス対策用ディスク)に付し、ウイルス対策用ディスク及びその包装に被告標章を付したものを販売し又は販売のために展示し、ウイルス対策用ディスクに関する広告、価格表、取引書類又は説明書類に被告標章を付したものを展示し又は頒布していることは当事者間に争いがなく、このような被告の行為は、右フロッピーディスク又はCD―ROMという「商品」について被告標章を使用する行為に当たるというべきである(以下、被告標章を付したウイルス対策用ディスクを「被告商品」という。)。
(2) 原告は、ウイルス対策用ディスクの販売の本質は、コンピュータウイルス対策用ソフトウェアの設計・作成又は保守という役務の提供そのものであるから、前記第二の一2の被告の行為は、本件指定役務の提供に当たると主張するが、被告は、右のとおりフロッピーディスク又はCD―ROM(ウイルス対策用ディスク)を販売しているのであって、そのディスクに記憶されているソフトウェアを設計又は作成したのが被告であり、右ディスクを買い受けた者が右ソフトウェアを電子計算機のプログラムの保守に使用するとしても、被告の行為が、本件指定役務の提供に当たるということはできない。
なお、証拠(甲一二ないし一四、乙一八の一、二)と弁論の全趣旨によると、①被告は、ウイルス対策用ディスク一式を販売するのみで、顧客はそれを複数のコンピュータにインストールして使用することができる旨の契約(以下、このような契約を「サイトライセンス契約」という。)を締結することがあること、②被告は、ウイルス対策用ディスクを購入した顧客に対して、一定期間バージョンアップしたソフトウェアを無償で提供したり、電話などによる相談に応じたりしていること、以上の事実が認められるが、右①のサイトライセンス契約の場合でも、被告が、フロッピーディスク又はCD―ROM(ウイルス対策用ディスク)を販売していることには変わりがないし、右②のサービスも、フロッピーディスク又はCD―ROM(ウイルス対策用ディスク)の販売に附随したサービスであるということができるから、右①、②の事実があるからといって、被告の行為が、本件指定役務の提供に当たるということはできない。
(三) 本件商標と被告標章の類似性について判断する。
(1) 本件商標は、別紙第二目録記載のとおり、片仮名で「ウィルスバスター」と横書きしたものであり、「ウイルスバスター」との称呼を生じるものと認められる。
(2) 被告標章1は、別紙第一目録記載1のとおり、片仮名で「ウイルスバスター」と横書きしたものであり、「ウイルスバスター」との称呼を生じるものと認められる。
本件商標と被告標章1を対比すると、外観及び称呼が類似しているから、被告標章1は本件商標に類似するものと認められる。
(3) 被告標章2は、別紙第一目録記載2のとおり、片仮名及び欧文字で「ウイルスバスターVer.5」と一連に横書きしたものであるところ、被告商品の内容はコンピュータのソフトウェアであり、被告標章2のうち「Ver.5」の部分はコンピュータのソフトウェアのバージョンを示す一般的な表示であるから、需要者には被告商品の出所を示すものとは認識されないものと認められる。したがって、被告標章2の要部は「ウイルスバスター」の部分であると認められ、右(2)と同様の理由から被告標章2の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章2は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(4) 被告標章3は、別紙第一目録記載3のとおり、片仮名と数字で「ウイルスバスター95」と横書きし、文字に陰影を持たせたものであるが、その構成から「ウイルスバスター」の部分が要部であると認められ、前記(2)と同様の理由から被告標章3の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章3は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(5) 被告標章4は、別紙第一目録記載4のとおり、片仮名の「ウイルスバスター」と欧文字の「POWER PACK」を二段に横書きして陰影を持たせたものであるところ、被告標章4のうち「ウイルスバスター」の部分は後記2(三)(1)認定のとおり被告商品を示す著名な商標であること、「ウイルスバスター」の部分は「POWER PACK」の部分よりも大きく表示されていること、我が国における英語の普及状況等からすると、「POWER PACK」の部分は「パワーパック」と読まれ、商品の内容又は品質を示すものと理解されるものと認められることからすると、被告標章4の要部は「ウイルスバスター」の部分であると認められ、右(2)と同様の理由から被告標章4の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章4は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(6) 被告標章5は、別紙第一目録記載5のとおり、片仮名と欧文字で「ウイルスバスターNT」と横書きしたものであるところ、証拠(甲五)と弁論の全趣旨によると、被告標章5の「NT」の部分は、需要者にはオペーレーティングシステム(OS)が「Windows NT」であるコンピュータ用の商品であることを示す表示と理解されるものと認められるから、被告商品の出所を示すものとは認識されないものと認められる。したがって、被告標章5の要部は「ウイルスバスター」の部分であり、前記(2)と同様の理由から被告標章5の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章5は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(7) 被告標章6は、別紙第一目録記載6のとおり、片仮名と欧文字で「ウイルスバスターNT」と「▼▼Lite▲▲」と二段に横書きしたものであるところ、被告標章6のうち「ウイルスバスター」の部分は後記2(三)(1)認定のとおり被告商品を示す著名な商標であること、右(6)のとおり「NT」の部分は商品の出所を示すものと認識されないこと、「▼▼Lite▲▲」の部分は、機能の一部を省略して全体の容量を小さくしたソフトウェアを意味することからすると、被告標章6の要部は「ウイルスバスター」の部分であり、前記(2)と同様の理由から被告標章6の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章6は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(8) 被告標章7は、別紙第一目録記載7のとおり、欧文字で「VIRUSBUSTER」と横書きしたものである。被告標章7のうち「VIRUS」の部分は「ウイルス」を意味する英語であり、「ウイルス」と発音され、「BUSTER」の部分は「破壊する人(物)」を意味する英語であり、「バスター」と発音されるところ、我が国における英語の普及の程度からすると、「VIRUS」が直ちに「ウイルス」を意味すると認識されるということはできず、「BUSTER」が直ちに「バスター」と認識されるとも認められないから、被告標章7は、本件商標とは、外観が類似しないのはもとより、称呼、観念が類似するということもできない。したがって、被告標章7が本件商標と類似するとは認められない。
(9) 被告標章8は、別紙第一目録記載8のとおり、片仮名と数字で「ウイルスバスター97」と横書きしたものであり、その構成から「ウイルスバスター」の部分が要部であると認められ、前記(2)と同様の理由から被告標章8の要部は本件商標に類似するものと認められるから、被告標章8は全体として本件商標と類似するものと認められる。
(四) 前記(二)認定のとおり、被告が被告標章を使用する被告商品はウイルス対策用ディスクであるから、ウイルス対策用ディスクという商品が本件指定役務である「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」に類似するかどうかについて判断する。
役務に商品が類似するとは、当該役務と当該商品に同一又は類似の商標を使用した場合に、当該商品が当該役務を提供する事業者の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあることをいうものと解されるところ、ウイルス対策用ディスクと本件指定役務はその内容からともにコンピュータ利用者を需要者とするものであると認められるから、両者は需要者が同一である上、ウイルス対策用ディスクは、電子計算機のプログラムの保守に使用されるものであるから、ウイルス対策用ディスクの商品の内容と本件指定役務の内容は共通することを考慮すると、ウイルス対策用ディスクに本件商標に類似する被告標章(被告標章7を除く。以下同じ。)を使用すれば、本件指定役務を提供する事業者においてこれを製造又は販売しているものと需要者に誤認されるおそれがあるものと認められる。したがって、ウイルス対策用ディスクは本件指定役務に類似する商品に当たるというべきである。
(五) 以上によると、被告は、本件指定役務に類似する商品であるウイルス対策用ディスクについて本件商標と類似する被告標章を使用するものと認められるから、被告の右使用行為は商標法三七条七号の行為に該当する。
2 そこで、抗弁について判断する。
(一) 抗弁1(先使用権)について
証拠(乙三の三ないし六、一〇、二二、乙四、五、一六)と弁論の全趣旨によると、被告は平成三年四月から別紙第三目録記載の標章を付したウイルス対策用ディスクの販売を始めてその後継続的に販売を行い、原告が本件商標の登録出願をした平成四年九月三〇日までにサイトライセンス契約によるものも含め合計一四五二個(サイトライセンス契約に係る販売先が四社あり、その四社については、それぞれウイルス対策用ディスク一式が販売され、それが複数のコンピュータにおいて複写して使用されているが、コンピュータの数は、右四社合計で三〇五個あるので、右販売数量は、右四社合計で三〇五個)販売したこと、平成三年四月に、被告が同月二五日から「ウイルスバスター」という商品名のワクチンソフトを発売する又は発売したとの記事が日経産業新聞、日刊工業新聞、産経新聞、電波新聞に各一回掲載されたほか、雑誌「パソコン通信」(平成三年六月一日発行)にも同趣旨の記事が掲載されたこと、平成四年一月三〇日の日刊工業新聞には、被告が「ウイルスバスター」の販売を行ってきたことが記載されている記事が掲載されており、平成四年七月二八日の日経産業新聞には、被告がワクチンソフト「ウイルスバスタープロ」を発売することが記載されている記事が掲載されていること、以上の事実が認められる。
右認定の事実によると、原告が本件商標の登録出願をした平成四年九月三〇日までに被告が別紙第三目録記載の標章を付して販売したウイルス対策用ディスクの販売数量は、右のとおりサイトライセンス契約によるものも含めても合計一四五二個に過ぎず、また、右期間中には、被告が「ウイルスバスター」というワクチンソフトを発売する等の記事が右各新聞及び雑誌に七回掲載されたのみであって、被告がそれ以外にウイルス対策用ディスクについて宣伝広告をしたことを認めるに足りる証拠もないから、原告が本件商標の登録出願をした平成四年九月三〇日の時点において、別紙第三目録記載の標章が被告の販売するウイルス対策用ディスクを表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとまで認めることはできない。
なお、被告は、商標法三二条一項の先使用権が認められるための周知性は同法四条一項一〇号に定める周知性よりも低い程度のもので足りる旨主張するが、右認定のとおり、別紙第三目録記載の標章を付したウイルス対策用ディスクの販売数量が少ない上、新聞記事等の掲載回数も少ないことに照らすと、被告が主張するような見解に立ったとしても、右認定が左右されることはない。
したがって、抗弁1はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(二) 抗弁2(継続的使用権)について
(1) 前記1(二)のとおり、被告は、被告標章を被告商品に付し、被告商品及びその包装に被告標章を付したものを販売し又は販売のために展示し、被告商品に関する広告、価格表、取引書類又は説明書類に被告標章を付したものを展示し又は頒布しているところ、このような被告の行為は、前示のとおり「商品」について被告標章を使用するものであり、本件指定役務について被告標章を使用するものということはできない。
したがって、抗弁2はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(三) 抗弁3(権利の濫用)について
(1) 証拠(乙六、七、九)によると、株式会社リクルートが運営する企業向けネットワーク・システム担当者向けの会員制情報提供サービスである「キーマン’sネット」(会員数約六万人)が平成九年七月一八日から同月二九日までの間に会員に対して行ったワクチンソフトの利用状況に関するアンケート結果において、被告の「ウイルスバスター95」、「ウイルスバスターVer.5」及び「ウイルスバスターPOWER PACK」の利用者の合計がワクチンソフト利用者全体の約六〇パーセントに達し、右アンケート結果はコンピュータ関連雑誌「日経ウォッチャー」(一九九七年一〇月三日発行)に掲載されたこと、コンピュータ関連雑誌「PCfan」(平成九年一一月一日発行)において、ウイルス対策用ソフトのシェアと題する記事の中で、被告の「ウイルスバスター」が五六パーセントを占めている旨記載され、また、同年九月前半のパソコンソフトの売上ベスト一〇の記事の中で、被告の「ウイルスバスター97」が四位に挙げられていること、以上の事実が認められ、これに弁論の全趣旨を総合すると、「ウイルスバスター」は、コンピュータ利用者の間において、被告の販売するウイルス対策用ディスクを表示する著名な商標であると認められ、これに反する証拠はない。
したがって、「ウイルスバスター」の表示に接した需要者は直ちに被告商品であると認識するものと認められるところ、被告標章は、前示のとおりいずれも「ウイルスバスター」の部分を要部とするものである。
(2)① 証拠(甲二三、乙二、乙三の一ないし二三、乙一四)と弁論の全趣旨によると、本件商標は、コンピュータウィルスを意味する「ウイルス」と英語で「破壊する人(物)」を意味する「バスター」の組み合わせからなるものであること、コンピュータウィルスは、「自分自身のプログラムファイルを他のプログラムにコピーすることにより増殖し、コンピュータに予期しない動作を引き起こすプログラム」として現在では広く知られていること、「バスター」という語は、昭和五九年に日本で公開された映画「ゴーストバスターズ」等によって知られるようになっていること、以上の事実が認められる。
② 証拠(甲一六、乙一〇)と弁論の全趣旨によると、原告は、平成七年四月、片仮名で「ウイルスバスター」と横書きした商標について、指定商品を第九類の「電気通信機械器具、電子応用機械器具及びその部品」として商標登録の出願(商願平七―三四四四七号)をしたところ、特許庁審査官は、平成八年一一月一日発送日の拒絶理由通知書により、「この商標登録出願に係る商標は、「ウイルスバスター」の文字を書してなるが、現在コンピューター業界において、オペレーションシステム等を破壊するプログラムをコンピューターウィルス・ウィルスプログラム又は単にウィルスと称しているところから、これをその指定商品中「電子計算機」に使用した場合、それに接する取引者・需要者は、上記プログラムを撃退するプログラムを認識するに止まり、単に商品の品質を表示するにすぎないものと認める。」との拒絶理由を通知したこと、特許庁審査官は、被告が平成九年二月二八日にした商標登録出願(商願平九―二一四九三号)について、平成一〇年八月二八日発送日の拒絶理由書により、「この商標出願に係る商標は、「ウイルスを撃退する」の意味合いを認識させる「ウイルスバスター」及び「VirusBuster」の文字を書してなるところ、これをその指定商品中、例えば、「電子計算機用プログラムを記憶させた記録媒体」に使用するときは、「コンピューターウイルスを撃退するためのソフトウェア」であろうと理解させるにすぎず、単に商品の品質、用途を表示するにすぎないものと認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第3条第1項第3号に該当し、前記商品(役務)以外の電子応用器具及びその部品に使用するときは商品(役務)の品質(質)の誤認を生じさせるおそれがあるから、商標法第4条1項第16号に該当する。」との拒絶理由を通知したこと、以上の事実が認められる。
③ 右①の事実によると、本件商標は、前記(1)の被告標章を別にすれば、それ自体としては、一般的に出所識別力が乏しいといわざるを得ず、右②の特許庁審査官の拒絶理由通知もそのようなものとして理解することができる。
(4) 弁論の全趣旨によると、原告は、本件商標の登録出願をした平成四年九月三〇日以降、本件口頭弁論終結の日である平成一〇年一二月一八日に至るまで本件商標を本件指定役務に使用したことはないものと認められ、また、原告が将来において本件商標を使用する具体的な計画を有していることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件商標には原告の信用が何ら化体されていないものと認められる。
(5) 以上述べたところからすると、本件商標は一般的に出所識別力が乏しく、原告の信用を化体するものでもなく、そのため被告が本件商標に類似する被告標章をウイルス対策用ディスクに使用しても本件商標の出所識別機能を害することはほとんどないといえるのに対し、被告は、前記(一)のとおり別紙第三目録記載の標章を原告が本件商標の登録出願をする前から継続的に使用しており、現在では被告標章は一般需要者が直ちに被告商品であることを認識できるほど著名な商標であるから、本件商標権に基づき被告標章の使用の差止めを認めることは、被告標章が現実の取引において果たしている商品の出所識別機能を著しく害し、これに対する一般需要者の信頼を著しく損なうこととなり、商標の出所識別機能の保護を目的とする商標法の趣旨に反する結果を招来するものと認められる。
したがって、原告の被告に対する本件商標権の行使は権利の濫用として許されないものというべきである。
3 以上のとおりであるから、本訴請求のうち、主位的請求は理由がない。
二 予備的請求について
前記一2(一)のとおり、原告の商標法三二条一項に基づく先使用権は認められないから、これが認められることを前提とする本訴請求の予備的請求は、その余の点につき検討するまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官森義之 裁判官榎戸道也 裁判官中平健は、填補のため署名押印することができない。裁判長裁判官森義之)
別紙第一〜三目録<省略>